子どもが自信を持った漢字検定

 子どもが入学した時、何か資格試験を受けさせたいと思いました。自分が資格を必要とする仕事をしていたため、資格を取って自信をつけることを早い時期から子どもにも経験させたかったのです。

子どもと関わる資格の一覧

親としては英検が良かったのですが、最初の5級でも中学初級程度の内容で小学生には難しいとわかり、諦めました。となると、1年生でチャレンジできる試験として漢字検定(漢検)と算数検定があります。子どもに「国語と算数のどっちが好き?」と聞くと、国語とのことだったので漢検に決めました。「学校とは違う所で漢字のテストを受けてみようか。」と勧めてみると、素直に受け入れてくれました。しかし、”試験のために勉強をしなければならない”という事実に子どもがまだ気づいていなかったので、ここからが大変でした。
 漢検は6月・10月・2月の年3回あり、最初の10級は1年生で習った漢字が対象です。1年生の2月に受けるか・2年生の6月に受けるか迷いましたが、思い切って2月にチャレンジすることにしました。その場合、学校で2月や3月に習うかもしれない漢字を試験前に自主勉強する必要がありました。早速、冬休みに入ると習っていない漢字を子どもに聞き出し、学校の漢字ドリルに似せたオリジナルの漢字ドリルを作りました。宿題が終わったのに自家製のドリルも勉強しなくてはならない子ども…夫にかなり心配されましたが、子どもを励まし続けて何とか1月中旬には1年生で習う全部の漢字を覚えさせました。
 試験まであと2週間という時になって、子どもが「勉強したくない。」と言い出しました。どうしても子どもに勉強させたいので「不合格になっちゃうよ。」と思わず禁句を言ってしまうと、夫に「受験やめたら。」と逆に言われてしまい、少し険悪なムードになってしまいました。しかし、自分が過去に様々な試験に落ちたことを思い出したり、10級の合格率が割と高いことがわかったりすると、子どもに試験勉強を毎日ではなく休日だけさせようと気持ちの余裕が出てきました。子どもは、模擬の回答用紙に名前を書いたりマークシートの練習をしたりするのは楽しかったようです。
 漢検は県内の大学で行われ、大人の受験者を見かけると自分の方が緊張して来ました。ところが10級・9級・8級の合同の試験会場には小学校かと思うほど子どもであふれており、試験監督の方も優しく指示してくださっていたので安心しました。勉強したくないと言っていたのに、試験が終わると「合っているかな。」と気にしている子どもが可愛かったです。後日合格通知をもらうと「次は9級を頑張る!」と言って来たので、チャレンジした甲斐があったと思いました。
 その後毎年順調に1級ずつ漢字検定を受け、今では同じ学校に漢検仲間の友達もできました。子どものリクエストで、京都にある漢字博物館に家族で行ったこともあります。学校の漢字のテストで満点を取ることが多くなり、漢字に関しては自信がついたようです。残念なことに、算数検定に関しては子どもに無理と言われてしまっています。でもいつかは算数検定にもトライして、もっと自信をつけて欲しいです。

子供の教育で気を付けることについて

子供の教育について気を付けることは、子供の自己肯定感を高くさせる教育をすることです。

なぜそういう風に思うかというと、私には二人子供が居り、上は自己主張をする子でした。それを押さえつけずに夫の妹の4人子供たちとも夏休みとか遊んでいました。

また私の実の弟の所の二人の男の子とも会っていました。上の子は、下の子があまり人の中に入れず、私の実の弟の子供の下の方が使いっ走りに下の子を使おうとしました。

しかし、それを上の子は誰が教えたわけではないのに使いっ走りのことをさせずに、その時のことは下の子がいまだに感謝しています。

実の弟の二人の男の子たちは親がカネに執着して大学生の時に親の車を使ってその甥御が一緒に遊びに行った時のガソリン代をそれぞれの友人から徴収したそうです。そのことを自慢げに話しているのを聞いて、上の子はこの従兄弟たちとは親しくなれないと思ったそうです。

せめて社会人になりそれぞれが自立して稼いでいたら貰っても構わないけれどと思ったそうです。

しかし、下の子は今の学校の教育制度の中では浮いていました。

大人になってやっとそういう昔のことや自分の基本的な考え方を話してくれるようになりました。敏感すぎてそれを家族にもわからないようにしていて、小さい頃から抱っこもせがまないし、おとなしくて注射でも一回も泣いたことがありませんでした。

でも自分が嫌いだったそうです。今もなぜそういう風になったのかがわからないのです。

だから、私は自己肯定感を高くさせる教育が大事だと思っています。
下の子は生きていますが、一人で小さい頃から自己完結していたのです。

私は日本の教育が成長とかみんな仲良くとか言って個性を重視していないのも大きいと思っています。

空気を読むとかそういうことができない子供を教師は見ていないのです。下の子はいじめられないように自分を殺して生きていたのです。本ばかり読むおとなしい子どもに教師が気づいてほしかったです。そして周りの子供たちもです。

今の大人たちつまり自分を含めてもっといろいろなタイプの子供がいることをわかってほしいです。下の子が自死しなくてよかったと今も思っています。